◆このインタビューは2002年6月に行われました。
◆今回の取材はTinaさんのご好意でインタビューさせていただきました。
 今、日本は女性ボーカリストの洪水ダッ、出ては消えるこの世界の中で常に輝きを放ち続けるということは大変なこと!今回はその中でも確実に自分の世界を確立し多くの人々に支持される女性ボーカリストTinaさんに新曲のレコーディング前の忙しい時間を頂き話を聞いてみた。

編集長(以下編):レコーディング前の大切な時間を頂きましてありがとうございます。

Tinaさん(以下T):いいえ、かえって短い時間でゴメンなさい。

編:Tinaさんに今日初めてお会いするのですが、私の思っていたイメージとは違っていて驚いています。

T:そうですか?時々、言われることがあります。(笑)

編:CDとかテレビでの歌声だけを聞いているともっと大きなガッチリしていらっしゃる人かと思っていました。それにあんなにしっかりとした歌唱力から、もう少し年齢的にも上の女性を想像していました。あの歌声が今目の前のTinaさんからだと思うと驚いています。

T:私の声の感じから、そう思われるのかもしれませんね。(笑)

編:Tinaさんが歌手を目指したのはいつ頃からですか?

T:父がミュージシャンでジャズサックスプレーヤーだという事もあり、かなり子供のころから影響を受けていました。その頃から、ジャズやブラックミュージックを歌っていましたね。

編:お父さんの影響ですか。プロの歌手を目指したのはいつ頃ですか?

T:いつ頃というはっきりした自覚はないのですが、小さい頃から歌が大好きでした。私は自分を表現する手段として、歌を歌うことが一番だと思っています。デビュー前からライブハウスやいろんなところで歌っていました。私は歌っている時が一番幸せで、生きているなぁと実感する瞬間なんです。

編:でも中にはつらいこともあるのではないのですか?「WaWaWa」という雑誌はチェアウォーカーの人への情報誌なのですが、生活する中で障害や機能の面で色々なバリアがあります。その中でも音楽は全ての人に平等であり、共通語だと思うのですが?

T:私はこれまでたくさんLIVEをしてきました。生涯を持っている方々のLIVEに呼んでいただいたこともあります。そのときもとても楽しかったしすごく盛り上がりました。そして観に来ていただいている方々にたくさん、たくさんパワーをもらいました。
人がそれぞれに抱えている悩みも苦しみも障害も違うと思います。でも、どんな人にもパワーと輝きはあります。私はそう信じています。それはとても素敵なこと・・・。
聞いていただいている方々に私の思いを歌にして伝え、そして皆さんからのパワーをもらう。そのことが、私が歌を歌っていくことの原動力なんです。これからも皆さんのハートに届く良い歌を歌っていきたいと思います。たくさんの応援(パワー)をお願いします。

編:うれしい言葉ですね。Tinaさんの歌声がガーンと響いてくるのはそういうことだったのですね。きっと読者の方もTinaさんの歌声を聞くたびにこの言葉を思い出すと思います。 それと今回7月24日MAXI Singleを出されるそうですね?その中の一曲が何か今までと違った感じだそうですが。

T:そうなんです。「月」という楽曲に出会ったことを話していいですか?

編:是非に。

T:今回のシングルのために色々な形のチャレンジをして来ました。たくさんの楽曲に出会っている中で、私の心にグッと来た曲がありました。それが「月」でした。この曲はメロディーが神秘的で、構成自体もユニークでとても魅力を感じました。詩もシンプルな言葉で感情がストレートに伝わってきました。そして、この曲をぜひ歌って見たいと強く感じました。後日、この曲の作者が17歳の女子高生と知り、驚きました。実際、ご本人にもお会いしてとても可愛らしい方で、さらにビックリ!しました。

編:そうですか、現役女子高生なのですね。Tinaさんが歌ってくれるってすごい事ですね。きっと彼女は驚いていると同時に幸福でしょうね。彼女の夢を実現させてあげるって凄いなぁー。

T:私がこの曲に思い入れたんです。
私の声を通していろいろな方々に語りかけることができたら・・・。この「月」との出会いがまたひとつの物語を創り、皆さんと共有できたら・・・。たくさんの方々にこの思いがとどきますように。願いを込めてレコーディングしてきます。

―――と、言って席を立ったTinaさんは輝いていました。 そして、Tinaさんも「車イス駐車場に停めません」キャンペーンの宣言書に快くサインをしてくれました。

<プロフィール>
1975年生まれ。東京都出身。幼少の頃から父親(ジャズサックスプレーヤー)の影響を受け、ジャズをはじめとするブラックミュージックを歌い始める。デビュー前からその歌唱力は多くの注目を集めていた。98年11月に出したアナログ盤「There Must Be An Angel」は即日完売。99年4月に1stマキシシングル「I'll be there」で待望のメジャー・デビューを果たす。99年11月に発売した1stアルバム「Colorad」(コロラード)は、オリコン初登場第1位を記録など、以後シングル、アルバムともにヒットを飛ばす。これからさらにグローバルな活躍が期待される実力派シンガーである。