◆このインタビューは2002年6月に行われました。
◆今回の取材は浜田幸一さんのご好意でインタビューさせていただきました。
国会の暴れん坊、テレビのコマーシャルでも非常識人を演じている。歯に絹を着せぬ言動で全てのものに正面から向き合う氏に今の日本の現状と「車イス駐車場に停めません」キャンペーンについて伺ってみました。

編集長(以下編):先生、ご無沙汰をしております(浜田先生と私は先生が衆議院議員時代に大変お世話になりました)いつも勝手なお願いばかりで申し訳ありません。

浜田幸一(以下:浜):久しぶりだね!元気でやっていますか?そう選挙の時だったかな?

編:そうです。あの時先生に『人のために役立つ事をしろ、人に感謝を忘れるな!』と言われました。あれからかなり年数が経ちましたが、今でもよく覚えています。

浜:年数なんか関係ないよ。私なんかこの年になってもまだまだその気持ちは忘れていない。『浜田幸一』という人間が今あるのは周りの人間や両親のおかげであり、感謝の気持ちは1日たりとも忘れた事はない。若い頃はどうしようもない人間だったし、年中喧嘩もした。そんな私を優しく見守ってくれた母親、色々な面で支えてくれた故郷の人達。人間どんな偉くなっても絶対に1人で生きて来た奴など誰もいない。今、そんな簡単な常識的な事が解からなくなってきている。誰かが何かを言わなくては、誰かがそれを教えなくてはいけないんだよ。

編:そう思います雑誌を3年間出してきましたが、本当に色々な方のご協力でここまできました。感謝の気持ちで一杯です。読者の方々には障害を持ってる人、高齢の人達が沢山います。政治も含めて今後の事など不安に思う人が沢山いますが。

浜:いつの時代も不安は誰にでもある。しかし、自分の言いたい事、自分がしたい事をはっきり自信を持って人に伝えるのが大切だ。障害があろうと、高齢であろうと関係ない。私もいい年になってきたよ。時間のある時はミネラルウォーターを持って色々な所を歩いている。今日も東京駅からここまで歩きながら途中のラーメン屋でゆで卵を1つ入れて食べた。こんな何気ない事を幸福に思えるのが大事だと思う。また不安をなくすための1つとしての勉強が大切。政治に不安を持つのはなんなのか、政治家に疑念があるのなら自分達も政治に参加しなくてはいけない。何事においても参加する。障害という事が妨げになるのであればそれを解消する事を考えなければいけない。そこから物事は始まる。

編:何気ない幸福感って大切ですね。それと自分の意思をはっきりする事も。先生は国会にはもうおでにならないのですか、今こそ『ハマコー』が必要な時代ではないですか?

浜:私は絶対に出ない。なぜなら議員の立場でなく、一民間人の立場で言わなければならない事、やらなくてはならないことが山ほどある。皆さんの一番身近な所で対話しテレビのコマーシャル等を通してモラル、常識と失いかけている大事な物を私なりに次の時代の人達に伝えなければならない。

編:でもコマーシャル、新幹線の中で携帯をガンガンかけているのは、先生のイメージ的によくないのではないですか?

浜:イメージなんか関係ない。もともと悪党とか言われていた訳だし、誰かが非常識な事をしてはいけないと示さなければ解らんだろう自分のイメージとか私欲など今の私には二の次で誰かがしなければならない事。

編:先生らしいですね表現の仕方も、伝え方も。

浜:人それぞれ表現の仕方は違う。チェアウォーカーの人達も自分の表現に自信を持って生きる事が自分の表現であると申し上げておく。

編:今、弊誌で「車イス駐車場に停めません宣言」キャンペーンをしています。先生のお力をお借りしたいと思います。

浜:車イス駐車場に停めない事は当たり前の事。ただし、車イスの人だけでなく高齢者の人、小さな子、内臓の悪い人もいる訳でその人達がトイレのために短い時間停める事はあるはず。その辺は常識の時間として共用できると良いな。一般の元気な人が停めて食事をしたりするのは絶対にあってはいかん。それが常識。確かに自分で宣言した事に自分で責任を持つのは良いと思う。私は高らかに「車イス駐車場に停めません」を宣言する。

編:アリガトウございます。我々チェアウォーカーも自分たちだけの場所だとは思っていません。今、スーパー、ホテルなど駐車スペースが増えています。しかし、一般車が停めてしまうので赤いコーンが置かれ退かすことができないので、なければ助かります。このスペースは「車イス駐車場」と解かって頂ければもっと外出できる機会も増えると思います。できればキャンペーンの会長もお願いできますか。

浜:なる事は簡単な事、先程も申し上げたが、肩書きとか私は今、一切持たない一般人として活動している。私ができる事は何でも協力しよう君達と一緒に多くの人に伝えよう。これからもガンバリなさい。私も頑張る。


 浜田先生は喜んで宣言書に署名してくださいました。目つき鋭い眼光の中に優しい光と素適な笑顔のハマコーさんは悪党なんかではない、ハマコー節も健在。これからも我々を怒って、励ましてください。

<プロフィール>
昭和3年生まれ。富津町議会議員、千葉県議会議員を経て、昭和44年衆議院議員初当選、その後、農林水産政務次官、防衛政務次官、衆議院建設委員長、予算委員長などを歴任し、平成5年7月に国会議員を引退。現在は講演活動、執筆活動を中心に行い、マスコミでもあらゆるジャンルで活躍中。