◆このインタビューは2001年2月に行われました。
◆今回の取材は日野皓正さんのご好意でインタビューさせていただきました。
 今を生命(いき)ることがステージ!! 
              トランペットで語る世界の共通語!! 日野皓正


 ニューヨークに居を構え、世界中で活躍している国際派ジャズトランペッター。今回、来日の短い時間の中チェアウォーカーへのメッセージをいただきました。

今、生きていることが大切なんだよ

――本当にお忙しいなか、お時間をいただきましてありがとうございます。

 「何か、僕で役に立つことがあれば。チェアウォーカーに何か届けば。人はそれぞれ、神から与えられた時間、場所で生きている。僕はそこに与えられた、僕が伝える表現の一つとして音楽、トランペットという楽器を通して皆さんにメッセージを、そして会話をしている。僕は色々な国でライブをさせてもらっているのだが、言葉が通じない人々とも、音楽という言葉を通してコミュニケーションができる素晴らしさを誰よりも知っている。『日野皓正』という人間としてできることをするのは、当たり前のことだと思っている」

――今の環境、現状は変わらないですよね。障害をもったことで悩んだり、苦しんだりしていることって沢山あるのですけど、日野さんの弟さんも去年、亡くなられましたが・・・。

 「とっても悲しかった、とっても辛かったよ。でも、いつまでも哀しんでいてもしょうがないからね。僕の部屋には彼の写真がいっぱいある。だからよく彼と会話をしているよ。ステージの上でもいつも彼と一緒だしね。音楽を通じて彼と会話をしている。チェアウォーカーの人も大変だと思う。しかし、今、生きていることが大切なんだよ。死んでしまったわけではないからね。そこに存在して、意思も主張もできるのだ。生命(せい)ある限りどんな状況でも感謝をするべきだ。僕はいつも思っている。例えば、僕の生命はやはり神が、『日野皓正』という人間を、まだこの世に必要としていて、その役目を果たせないでいる。だから日々自分に与えられたことを一生懸命に生きる。そしてお迎えが来たら、笑って旅立てる。そのために悔いを残さない毎日を過ごしている。今、僕が与えられた役目は音楽を通して人の心と会話をすることだ。チェアウォーカーの人も障害というものを与えられたことを悔いるのは人間だから当たり前だと思う。しかし、現実の中で生きていることをエンジョイして欲しい。君達が表現することは必ず人に伝わるはずだ。ためらわず自信をもって欲しいな。僕にとってはライブのステージという表現の場所を与えてもらっているが、人間として表現、存在ということは、毎日を生きていることがステージであり表現なんだ。これは国籍、性別、障害があろうとなかろうと全て同じだよ。ライフステージなんだ」

――そうですね。生きていることってとっても大事なことですね。日野さんは世界の各地でライブをしていますが、言葉とか色々とご苦労はないですか?

 「それは色々とあるよ。今、住んでいるニューヨークという街は、人種の坩堝(るつぼ)みたいな所。そんな色々な人間がごく当たり前に生活を営んでいる場所でも差別はあるのだ。僕にしてもある。今の日本ってそんなものさえもなくなってしまった、空虚な世界ではないかな。人のことを考えることも、まして自分のことすら考えていない社会が、出来上がってしまったような気がする。若い人の多くは、自分が何をすべきなのか、方向、夢というものがない。今の社会に失望をしてしまったのではないだろうか。我々、大人にしても、政治を嘆き、経済の貧困を憂い、子供からの信頼が崩壊していくなかで、政治、教育は何をしているのだろう。しかし、現状を嘆くだけでは、何も解決はしない」

――生きていることの価値は人それぞれ違うのでしょうけれど、豊かに生きるということが、とっても大変な時代ですね。

 「そうだね。豊かということ、物質的に豊かというのであれば、今の日本はとっても豊かなのではないだろうか。欲しいものはたいした努力をしなくても手に入るし、食べたいものもすぐに金銭さえあれば、食べられる環境がある。それも莫大な金額ではなく、コンビニしかりレンタルショツプしかりだ。安易という言葉が似合う国。故に自分を大事にしない若者、努力をするということへの嫌悪感が何かトレンドのようにいわれる環境は情けないね」

自分の置かれた環境をどう生かすか、それがとっても大事なことなんだよ

――今の社会では見た目の格好の良さや、本音をいうことでの責任の重さを違う形での表現でごまかしている気もしますね。

 「僕は子供の頃からミュージシャンになりたかった。父もミュージシャンだったし、毎日、そのことに対して努力することも別に辛くはなかった。音楽の道を志し、進学を目指したのだけれど入学金などが高くて、家の状況ではとても無理だった。その頃、家はとっても貧困で、雨漏りがするような家に住んでいて、無理は言えなかった。それでも志した音楽の道は諦めなかったし、諦めるつもりも必要もなかった。それは僕の夢だからね。それからは、今まで以上に毎日、練習をしたなあー。もちろん、初めは父から学校へ行く前に2時間トランペットを吹けとか人からいわれる環境だったけれど。自分が目指したものを実現するためであったこともあるが、2時間が3時間というように、自分で自分の環境を作っていくようになる。一つでも自分の夢を評価されたり、同意をしてくれる人がいれば、大きな励みにもなる。だから環境であるとか条件などは、僕はあまり関係ないと思う。今を如何に受け入れるかだ」

――逆境を利用したということですか?

 「僕の場合は中学の時から米軍のキャンプでトランペツトを吹いていた。そこでは大人に混じっての真剣勝負なわけ。下手だったら次の日から仕事はない。必死だよね。大人のミュージシャンが賭け事や、お酒に費やす時間を僕は練習できたわけでしょ。誰にも負けない、一流のミュージシャンになるという夢を追いかけ続けた。ハングリーな精神かな、自分の置かれた環境をどう生かすかということがとっても大事なんだよ。必ず認められるし、夢や希望に近づく。だからチェアウォーカーにも、自分が持つ夢、希望を諦めないで欲しい。今、ある環境は君達にとって考えること、何かを成すべきために与えられた環境だと思って欲しい。必ず努力は報われる。今、ハンディがあるなら、人の倍、努力をすればいい。必ずその努力は叶うよ。僕は日本人としてジャズという世界で、『日野皓正』という名前を覚えてもらうために、それだけの努力をしたし、今も努力をしているけれど、それはちっとも辛くはない。自分の夢であり希望だから。音楽という言葉で話しをしよう。アジアには日本に比べて恵まれない国が沢山ある。そして僕は音楽という言葉でしか会話をしていないけれど、とっても熱いのだ。日本は今、アジアの国を見下ろしているが、近い時代に追いつかれ抜かれてしまうかもしれない」

――努力を辛いと思うと人間、そこから眼をそらしたくなりますよね。でも、それが夢への一歩であれば、楽しい作業になりますね。

 「楽しい人生を送って欲しいね。ライブを見においでよ。僕のメッセージを君達に直接伝えるから」

――いいですね。是非、日野さんのライブを肌で、熱さを感じたいですね。まだ、日本ではチェアウォーカーが行けるライブハウスが少ないですよ。私達もへたくそなバンドでライブをしています。何か機会があれば是非、日野さんと一緒にライブをしたいですね。チェアウォーカーだけではなく、色々な人達にそのパワーを伝えていただけませんか?

 「OK! 時間とタイミングがあえば是非やろう。音楽という言葉で何かを伝えよう」

――ありがとうございます。大きな楽しみが、多くの人達にできたと思います。私達も一生懸命に日野さんのご好意に応えられるようにがんばります。何か一緒にできるものがあれば嬉しいです。

 「弟の作ったIt's Thereをやろう。楽譜を送るから一生懸命練習しろよ。いいかげんなことではダメだよ」

――ありがとうございます。がんばります。最後に、チェアウォーカーの読者にメッセージを。

 ライブで逢おう 『GOOD LUCK』

 帰りがけに、後ろから私を人差指でさし『GOOD LUCK』と声をかけてくれた日野さんは格好良く、そして優しい目をしていた。

<プロフィール>
ひのてるまさ
1942年10月25日、東京生まれ。現在、ニューヨーク在住。9歳の頃からトランペットを学び始め、13歳の頃には米軍キャンプのダンスバンドで活動を始める。65年、初リーダーアルバム「アローン・アローン・アンド・アローン」を発表後、マスコミに“ヒノテル・ブーム”と騒がれるほどの絶大な注目を集める。89年ジャズの名門レーベル“ブルーノート”お日本人初の契約アーティストとなり、アルバム「ブルーストラック」は、日本はもとより、アメリカでも大好評を博す。また、自らアジア各国をわたり歩き、探し集めたミュージシャン達と結成した日野皓正&ASIAN JAZZ ALL STARSで1995〜1996年にワールドツアーを敢行。97年には台湾での「第16階国際芸術祭」、シドニーでの「日豪有効100周年記念ジャズコンサート」への出演など、ニューヨークを起点に世界中で活躍している国際派ジャズトランペッターである。