◆このインタビューは2000年12月に行われました。
◆今回の取材は小堺一機さんのご好意でインタビューさせていただきました。
 君はいい人  小堺 一機

 ボードビリアンの小堺さんに、クリスマスについての思い出を伺いました。テレビで見る同じ笑顔で迎えてくれた小堺さんは、ミュージカル『君はいい人チャーリーブラウン』の舞台が終ったばかり。そのタイトルのままの方でした。

――小堺さんは、子供の頃から役者さんを目指していらっしゃっていたのですか?

 「ゼンゼン、子供の頃はね、デザイナーを目指していたんです。そう見えないでしょ。」

――そうだったんですか。ゼンゼン方向が変わりましたね。

 「僕、弱視なんです。学校で身体検査ってあるでしょ。その時、検査表を見て自信を持って8と答えたの。後ろの友達が3だよって言うんだよね。そして、先生も『小堺! ふざけるんじゃない』って怒るんだよね。何時もふざけてばっかりの悪ガキでしたから。でもショックだったんで、家に帰ってからオフクロに頼んで、何軒も眼科で診てもらったんですけど、やはり弱視という診断、結構ヘコミました。」

――判ります。チェアウォーカーの多くの人も、中途で障害を負う人がいますからね。その時は180度人生が変わります。ヘコミますよね。

 「そうかぁー。そうだよね。でもね、オフクロは気を使って慰めてくれたんですが、逆に辛かったりして。そんな時オヤジが『おまえいいなぁー。人と違うものが見えるんだからいいよなぁー』ってポロッと言ったんですよ。何かその言葉ですごく楽になって、目の前が明るくなりましたね。だから人生って一言でかわるんたなぁーって、相手に伝える言葉の大事さをオヤジに教えられました。

――そうかもしれません。人の言葉って大切ですね。

 「そうなんです。相手の事を本気で思う言葉は伝わるんですよ。だから僕の家族って面白いんですよ。娘と息子がいるんですけど、よく女房が怒っているのを聞いてると、息子に『バッカー、本当にアンタって子は』なんて怒っていると、息子が真顔で『申し訳ありません。お母様にそんな汚い言葉を使わせてしまって』なんて言うんです。そうすると女房もそれ以上怒れなくなりますよね。何か殺伐としたなかにも、洒落た言葉の会話があると人は救われんですよね。」

――小堺さんのご家族ってステキですね。お父様もお子さん、奥様も皆生きているという会話を楽しんでいらっしゃるんですね。

 「どうでしょうかね。もともと下町の浅草生まれでしょ。江戸っ子の粋とか情緒なんてのが、家がオニギリ屋をやっていた事もあって、身の回りに子供の頃からあったんですよ。それと周りには、映画館や劇場が遊び場の環境でしょ。自然とそんな会話が耳に入ってくるんですね。僕にとっては今の仕事をするには、自然と勉強をしていたのだと思います。昔は面白い人が一杯いました。今テイク2の東君のお父さんの東八郎さんや、林家三平さん、そして大将、萩本欽一さん。僕にとっては憧れでした。その大将の所に弟子入りしたんですけど、その時、関根勤さんとコンビを組んで大将の舞台に立たせて貰ったんです。けど、二人とも上がり症なので、大将と絡むとセリフも出ないんですよ。そんな時、空いている時間で二人でなんか、やってみなって言ってくれたんです。嬉しかったですよ。普通、駄目なら出してくれないでしょ。そこで生まれたのが黒子とグレ子なんです。」

――知っています。面白かったですよ。

 「ありがとう。今でも結構覚えていてくれる方がいるんですね。そんな頃に都内のある養護学校によく慰問に行っていたんです。舞台で司会みたいな事をしたんですけど、どんな言葉で接していいのか判らず、ギコチなかった。1、2年はそんな調子でした。ある時、チェアウォーカーの子に舞台に上がってもらうことがあったんです。車イスだから普通より遅いじゃないですか。そうすると友達同士で『遅いぞバカァー』なんて掛け声が掛かるんです。そうすると本人も一生懸命になるし、又そこには屈託のない笑いが生まれるんですよ。」

――そうですね。健常者の人が考えるほど、自分のハンディを重たく考えてない当事者の方も多いですよ。

 「だからね、本当はチョット怖かったんだけど、『舞台まで来てください。10数えるうちに来れないとダメ』って言ってみたんです。これってイジメって僕のなかでは思っていたんですけど、『7.8.9.10。ハイッ、駄目』って言った瞬間、会場がワーッて大爆笑なんですよね。本人もチクショウって本気で悔しがっていて、3年かかって初めて一体になれた感じがました。」

――そうなんですよ。変に気を使ったやさしい言葉より、本音の言葉が必要です。

 「今のテレビってそういうこと出来ないでしょ。僕なんかも本音の番組を作ってみたいと思うんですけど、日本はまだ難しいよね。でも、何か少しづつしか出来ないけれど、変わっていくように考えたいですね」

――そうですね。言葉って優しくもあり、凶器にもなりますよね。音楽って小堺さんにとって如何でしょうか? クリスマスで思い出の曲はありますか?

 「僕の思い出の曲はホワイトクリスマスですかね。でも特別な曲はないかな。音楽ってその人その人によって違うでしょ。今、ミュージカルの舞台をしていると、伝える事の難しさを物凄く感じます。メロディーっていいですよね。楽しい時、悲しい時、音楽がありますよ。全ての人にとって大切なものですよ。僕のやっている昼間の番組のなかで『何が出るかな。何が出るかな』ってのがあるんですけど、始めはメロディーがなかったんです。会場もイマイチだったんです。ふっと口から出たメロディーが今では当たり前になって、僕とお客様を繋ぐ大事なものなのです。音楽って大事ですよ。」

――大切ですね。本当に良いお話ありがとうございました。最後に心に残るプレゼントってありますか。

 「また、家族の話になってしまうけれど、クリスマスに限らず、娘が手作りのお守りを、ことあるごとにくれるんです。舞台の時は成功するように、遠出の時は無事にと、その都度作ってくれるんですよ。僕にとっては一番幸せで嬉しいプレゼントです。」

 家族を大事に、そして全ての人に優しい人柄のままの小堺一機さんは、ミュージカルのタイトルそのままの『君はいい人、小堺一機』。ありがとうございました。

<プロフィール>
こさかい かずき
1956年、千葉県生まれ。おなじみのテレビ「ライオンごきげんよう」をはじめ、ラジオ「水曜UP'SコサキンDEワァオ!」他、舞台、ビデオと幅広く活躍。またCMにも多数出演と、そのエンターテイメントや人柄が、老若男女を問わず幅広く愛させる茶の間の人気者である。