◆このインタビューは2001年6月に行われました。
◆今回の取材は稲川淳二さんのご好意でインタビューさせていただきました。
 今、月に一回第一月曜日にオンエアーのCSスカイAの番組『爽快稲川淳二の何でもバリアフリー』でレギュラーで一緒に出演をさせて頂いている、稲川さんにお話を伺いました。

編集長(以下編):稲川さん、毎回、お世話になっています。

稲川さん(以下稲):ボス(番組の中での編集長の呼び名)何をおっしゃいます、こちらこそ。

編:どうですか。これで3回、オンエアーされましたが、こんな番組は初めてでしょう。

稲:ボス、とっても勉強になっていますよ。チェアウォーカーの世界って、もっと我々とかけ離れている世界だと思っていましたし、中々、お互いに理解をしあえるのが難しいと思っていたんです。だから番組をお受けしたとき、難しいナァーと思っていたのです。けれど、ボスを初め、出演者と顔合わせしていたら、なんてことなく、明るい、おかしい、スケベ…と、我々よりもよっぽど人生をエンジョイしていると思いましたよ。今、世の中でバリアフリーって言われていますよね。それって、構えると難しいと思っていましたよ。でも、こうやってボスと話していたり、仕事をしたり、一緒にお酒を飲んだりしていると、障害が有る等ということ、全然感じないし、本来のバリアフリーってこういうことなんだと思いますよ。

編:WaWaWaも目指すところはハードの部分よりソフトの面です。人間と心…と言う素晴らしいつながりで障害も乗り越えられると思っているんですけれど。稲川さん、多くの顔をお持ちですよね、タレント、工業デザイナー、語り部など…。

稲:そうですね。全部、ザッツオール稲川淳二なんですよ。タレントは自然に、いつのまにかなってしまったという状況です。けれど、本来は工業デザイナーが出発点なんです。若いころ、デザイナー志望で色々と自分のデザインしていたものをプレゼンテーションをしていたのです。けれど、いくら良いデザインをしても、名前も無い、実績も無い、若いデザイナーの作品なんか誰も本気で見てくれることはないですよ。あるときね、自分でも自信作が出来たんですよ。それを本気で批評をしてもらいたかったんです。その先生が料亭にいらっしゃるというので、其処に伺うときに色々と策略を考えたんです。一つは技と時間を遅れて行くこと、一つの賭けですよ。もしかしたら、遅れたということで見てくれないかも知れないし、とても、失礼な事をしているわけですよね。逆には遅れる時間は、私のことをどうしたのだろうと考えてもらえる時間を与えるという事にもなりますよね。それと、料亭というのは旅館等と違って、部屋からポンポンと手なんか叩いたって来てくれないんです。そんな下品な事をする様な料亭ではなく、本物の、高級料亭なんですよ。料亭に着いて、すぐに仲居のお姉さんに、「何時も、何時も、お世話様ですと言って…」ほんの少し、お金を握らせたんです。本来、お姉さん達は、絶対にその様なものは受け取らないんです。しかし、変な若造がヘコヘコして大事に折りたたんだお金をどうしてもと差し出すので、どうしよ…と困っているところに、お願いごとをしますとタイミング良く切り出し、私が部屋に入ってすぐに、手を叩きますから来て下さいと言うだけ言って、部屋へ行ってしまうんです。そして作品を待つ部屋に入ったとたんに、すいません、申し訳ありませんと言いながら、先生の隣に行き、お酌をしながら、「私には得意なことが有るんです」とか言いながら、「手を叩くと誰でも返事をして来てしまう能力がある…」とか言いながら、すかさず手を叩くと、遠くの方でハーィッと声がして、お姉さんが部屋に来てくれるんですよ。そんなパフォーマンスをしているうちに、何か、人の前で演じることが好きになってしまい、舞台の手伝いなどを、デザインの仕事の合間にしていたんです。ある時、突然に知り合いから、舞台に穴があくので稲川! 出ろと言われたんですよ。好きと言っても素人です。舞台の…それも人前で演じる事など出来る筈が無いからと断ったのです。けれど、一回だけと言われて。本当に、仕方無く出たんです。何が何だか判らなかったんですよ。そして、終わった瞬間に客席からの拍手。その瞬間の快感がたまらなくて、人を喜ばせるという快感が忘れられなく、この世界に入っていました。

編:そうですか、稲川さんは本当にインパクトありましたよ。見ている我々が大丈夫と思っていました。

稲:後は本当に色々とやりましたよ、命がけで!!(笑い)

編:それでは、タレントの仕事をしながらデザインの仕事もやられていたのですか…?

稲:しばらくはそうでしたね。しかし、幸いタレントの仕事が増えてきたこともあって、私…見た目より不器用で、二つの事を同時に出来ないです。そこで、デザインの方は暫く休業にして、芸能界一本でやって来たのですよ。やっと最近、またデザインの仕事もさせてもらっています。

編:一緒に番組をさせて頂いていますが、どうでしょう。例えば車椅子とか福祉用品など、デザインをして頂けないでしょうか…? 本誌を通じて…。

稲:良いですね、やりたいなぁー! ボスの乗っている車椅子なんて格好良いよなァー。このラインなんか究極だよなぁー。後、皆さん食事するときフォークとか使うでしょ。もう少し、角度とかラインとか考えたらお洒落な物が出来る様な気がするんだけどなぁー。こういうものって、そのカテゴリーに当てはまらなくても、万人に共通で良いと思うのだけれど…。

編:そのとおりですよ。通販とかハンズとかで売っている物で、凄く役に立つ物が一杯あります。

稲:ボスね、ヨーロッパでバリアフリーの公園のベンチをデザインするコンテスト的なものが有って、それがとっても興味があって、作品の写真を送って貰ったのですよ。私ね、それを見るまで、立つときに手すりをつけたら良いかとか、高さは、奥行きなどは・と色々考えたんですけどね。その写真を見たとき、正直に言って…がっかりしたのと同時に、ビックリしましたよ。なぜかと言うと、当たり前のベンチが其処にあるんです。何でこれがユニヴァーサルデザインなのか…? 私には判らなかったんです。下に説明書きが有って、英語で書いてあるので、私は英語が判らないので、ある人に訳してもらったんです。其処には、一番良い場所(公園の中で)に当たり前のものが当たり前に有り、誰もが使用できる。其処には、「一番使用したい人が居る時に誰もが譲り、誰もが手伝える椅子」…ということなんです。何かキツネに摘まれた様な思いだったのです。が、ボス達とお付き合いを始めてから、わかるような気がしてるんです。ご存知だと思うのですが、私の子供も障害を持っているんですよ。生まれながらの障害なんです。けれど、生まれたとき、この子を殺して自分も死のう…と本気で思いました。将来のこと、子供の事を考えた時に目の前が真っ暗になったんです。でも、今は生きていて良かったと思っています。言葉が判る、話が出来る、すこしづつでも、私との心が通い合う。これから…とっても大変な人生が待っているのだと言うことは判ります。今、若い人達って、安易に自殺をしたりするでしょ。生きている事ってそれだけで素晴らしいし、どんな人間でも、其処に存在する限り、誰かに必要とされているんですよ。私にとって子供は必要なんです。だから、生きている…ということは、私だけかも知れないけれど、私にとって必要なのです。だから、生きてください。貴方達の誰もが、この世に生を受けた限り必要とされている人間なんです。

編:そうですよね、生きるということは大変な事ですよね。障害を持てば、人より何倍も大変かも知れないですよね。でも、生きている事・そのものが存在価値であり、誰かにとって必要で有るということ、稲川さんの言葉で私も改めて感じました。今後も良い番組作り、雑誌作りで必要とされる人間に私も成りたいと思います。

稲:私もガンパリますよ、ボス一緒に頑張りましょう!

編:次回、もう一つのお顔の語り部のお話を聞かせてください。それと、ライブが近々ありますよね。

稲:チェアウォーカーの方、来て下さいよ!! 待っていますよオー!!